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松戸にまつわる話

かりこみななです

2025年12月12日

退院できました!

お久しぶりのかりこみななです🐣

 

 

治ったら…復帰できたら…

言おうと思っていたのですが、

たくさんの方の力を借りた今、

今できることは今するべきだと思いました。

だから、

退院できたこのタイミングで、

このブログの場所を借りて

お話したいと思います。

 

私は今、免疫と血液の病気と戦っています。

後天性血栓性血小板減少性紫斑病(後天性TTP)、

自己免疫性溶血性貧血(AIHA)、

免疫性血小板減少症(ITP)、

という3つの難病です。

そして、

全身性エリテマトーデス(SLE)

という4つ目の難病と血栓症の疑いもあります。

TTPは血栓ができ易くなる病気で、

血栓ができるために血小板が減少します。

AIHAは血小板を破壊してしまう病気、

ITPは赤血球を破壊してしまう病気です。

 

 

西武園の1日目に

赤血球が足りなくなったことで貧血になり、

所沢の病院に救急搬送されました。

血小板が普通の人より2桁も少ない状態で

白血病を疑われました。

所沢の病院から千葉の病院に転院して数日後、

自分の名前が言えなくなりました。

そこから先は意識がなくなり、

気づいたらICUにいて、数日が経っていました。

血漿交換

(血液成分の血漿を、

成分献血して頂いた血漿と入れ替えること)

をはじめ、

いろいろな治療をしていただき、

ここまで元気になることができました。

今でも毎晩、明日の朝も起きられるのかな

って怖くなります。

でも、今日も起きられた。

ご飯も食べられた。今日も歩けている。

それってあたりまえじゃなくて、

感謝すべきことなんだな

と日々感じています。

 

 

今、自分が生きていること

医学の進歩で助かったこと

皆様が献血してくださること

感謝の気持ちでいっぱいです。

 

だからこそ、

もっと献血に行けばよかった。

そう思います。

幼い頃、両親が

献血に行っているのを見ていました。

そして、

大人になったら行くのがあたりまえだ

と思っていました。

でも、私は6回しか献血できなかった。

成分献血が何かも良くわかっていなかった。

献血された血液に助けて頂く側になって、

成分献血や献血のことを調べ、

そのありがたさに涙がでました。

私は輸血(血漿交換)をして頂いたので、

もう献血はできません。

 

この文章を読んでくださった方が

献血に足を運んで頂けたら、

どれだけ感謝してもしきれません。

 

献血はできなくなりましたが、

誰かのために、私にできる何かをやりたい。

今の私ができることは、

この病気を治して元気に走ること。

その姿を見てくださった同じ病気の方や、

誰かの勇気に少しでもなれたら嬉しい。

そう思いました。

そのために、この現実を受け止め、

話すことを決めました。

 

 

この先、私がまたレースを走れるのか。

それは正直まだわかりません。

私の病気との戦いは

これからもまだまだ続きます。

でも、皆さんの前でまた走れるように、

先行できるように。

諦めず、まずは一生懸命生きます。

だから、

あたたかく待っていただけたら嬉しいです。

 

 

最後に。

私の治療に関わってくださる、

すべての医療従事者と関係者の皆様、

献血をしてくださる皆様、

応援してくださる皆様、

勇気と元気をくれる同期をはじめとする

競輪関係者の皆様、

どんなときも支えてくれる大好きな親友や先輩、

そして、お父さんとお母さん。

感謝の気持ちでいっぱいです。

本当にありがとうございます

 

 

こんなに長い文章を最後まで読んでくださり、

ありがとうございました!

 

絶対元気になります!

また!お会いしましょう!

それでは!

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